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ホトトギスの俳句で有名な武将は?面白い雑学(作者や真偽)も調査!

歴史上の人物の性格を表すホトトギス俳句を知っていますか?
織田信長、豊臣秀吉、徳川家康といった、有名な戦国武将3人の性格を表現した句です。

「鳴かぬなら ○○○○○○○ ホトトギス」
一度は聞いたことがあるフレーズですが、だれが言い始めたのでしょうか。
彼らは本当に、俳句で語られているような性格だったのでしょうか。

詳しく調べると、面白い雑学も発見しました。
俳句の解説と、作者や通説の真偽を紹介します。

ホトトギスの俳句で有名な武将

ホトトギスの俳句は、「鳴かぬなら ○○○○○○○ ホトトギス」と統一した構成でまとめられた句。
戦国武将の中でも、三英傑として知られる次の3人の性格を端的に表した句として有名ですね。

  1. 織田信長
  2. 豊臣秀吉
  3. 徳川家康

「聞いたことはあるけど、実際どういう意味なんだろう?」
と気になりませんか?
それぞれの句の意味と武将の性格を調べてみました。

①織田信長

奇抜な服装、常識にとらわれないふるまい…
何かと破天荒なイメージで語られることの多い織田信長。

彼の性格を表すホトトギスの俳句はこちらです。

鳴かぬなら 殺してしまえ ホトトギス

…短気!
と思いませんか?

この句で表されているのは、信長の強引さと残虐性
その性格が如実に表れている逸話エピソードを一つ紹介します。

比叡山の焼き討ちを決行した逸話です。
この事件で信長は、山を丸ごと焼き払っています。
僧侶でも女性でも子供でも、そこに住んでいる人もすべてお構いなしに焼き殺したというのです。

今の時代で考えたら完全にサイコパスですが、戦国の世でもさすがに残忍だったのではないかと予想がつきますよね。

②豊臣秀吉

豊臣秀吉と言えば、信長の草履を温めておいたことで出世したエピソードが有名。
歴史が苦手な人でも聞いたことがある逸話ではないでしょうか。

そんな、ちょっと太鼓持ちのようなイメージがある秀吉の俳句はこちらです。

鳴かぬなら 鳴かせてみせよう ホトトギス

自らの手で何とかして鳴かせてやろうという気概を感じますね。
この句は、秀吉の策略家としての一面を表現しているんです。

秀吉が特に得意だったのが、戦わずに敵を味方に寝返らせてしまう説得術
信長の傘下にいたころ、文書で相手の説得に成功した逸話が残っています。

秀吉の名前が史料に出てくるのは、1565年、彼が29歳のときです。
信長が対立していた斉藤龍興の配下の武将、坪内利定を信長方に寝返らせることに秀吉が成功したときのこと。
信長の副状(そえじょう)を出しており、署名は木下藤吉郎秀吉でした。

引用:ダイヤモンドオンライン

秀吉の逸話が、ビジネス系の記事に取り上げられるのも納得ですね。

③徳川家康

264年も続く江戸幕府を築いた徳川家康は、幼少期から長い人質生活を耐え抜いた人物。
この生活で培われた忍耐力に定評があります。

そんな彼を表す俳句は…

鳴かぬなら 鳴くまで待とう ホトトギス

信長、秀吉に続いて出てきた人というイメージのある家康ですが…
実は、織田信長の時代から生きていたのをご存知ですか?

ずっとナンバー2以下を保ちつつ、信長や秀吉といった天下人のそばにいた家康。
最終的に天下を取って政権を握るようになったのは、74歳のときでした。

これだけすごい人の近くにいながら、70歳を超えるまで陰で支えていたなんて、忍耐の一生ですよね。
戦国の世でいつまで生きられるかもわからないと考えると、果てしない我慢だなと思ってしまいます。

よつば
よつば
わたしだったらなんて言うだろう…夫や子どもは?

ホトトギスの俳句の面白い雑学

歴史上の有名人とは、後世になって語り継がれる人です。
そう考えると、比較されるこの3人が、ちょうどいい具合に似たような俳句を詠んだの
と疑問に思いませんか?
わたしは思いました(笑)

それに、本当にこの句のように、みんな性格がはっきり分かれていたの?
ということも気になりました。

そこで調べてみると、やっぱりそう簡単にはいかない雑学があったんです。
面白いと思ったものを2つ紹介しますね。

武将本人が詠んだ俳句ではない

まず、この有名な俳句は武将本人が詠んだものではないということ。

江戸時代中期以降に作られたものではないかと言われているようですが…
実際に読んだ人が誰なのかは不明のまま、詠み人知らずとなっています。

確実な発祥は不明ですが、形を変えながらいろいろな書籍に載っているこの句。
収録されている書籍と句を一覧でご紹介します。

書籍名著者年代
耳嚢
(みみぶくろ)
根岸鎮衛江戸中期鳴ずんば殺してしまえ時鳥(織田信長)
なかずともなかせて聞こう時鳥(豊臣秀吉)
なかぬならなく時聞こう時鳥(徳川家康)
甲子夜話
(かっしやわ)
松浦静山江戸後期なかぬなら殺してしまへ時鳥(織田信長)
鳴かずともなかして見せふ杜鵑(豊臣秀吉)
なかぬなら鳴くまで待よ郭公(徳川家康)

年代はわかっているのに、言い出した人がわからないって不思議ですね。
江戸時代の時点で、戦国武将が歴史上の人物として分析されていたのも面白いです。

実は合っていない

俳句で語られる性格のうち、信長の性格だけはネガティブなイメージだと思いませんか?
それなのにファンがいるのはなぜなんだろう…
そう思って、そもそも俳句のイメージは真実なのか、少し調べてみました。

結論は、真実でもあり嘘でもあるということです。
そこまで極端じゃないというのが真ですね。

例えば信長の短気エピソードとしてご紹介した比叡山の放火。
実は「言うことを聞かないなら1年後に焼きますよ」という予告があったのだそうです。

しかもその「言うこと」というのも理不尽なものではなく、きちっと根拠のある要望。
それを相手方が完全に無視していたので、実行に移ったというもの。

巻き込まれた人がいることを考えると暴挙ですが、ちゃんと予告通り1年待っているというのはびっくりでした。

逆に、忍耐強いと紹介した徳川家康が短気と言われるエピソードもあって…
一面だけでは語れない歴史があるのだなと思いました。

よつば
よつば
歴史の面白さ…学生時代に気づきたかったです…

まとめ

鳴かぬなら ○○○○○○○ ホトトギス。
聞いたことはあるけど、実際どういう意味なの?ということを詳しく調べてみました。

歴史って、覚えることが多すぎて敬遠してしまうんですが…
逸話なんかを詳しく調べてみると、教科書で覚えたのとは少し違う一面が見えて面白かったです。

夏休みなど、子どもの宿題なんかで勉強の話をすることも増えます。
一度一緒になって調べてみるのもいいかもしれませんよ。