横浜中華街の老舗「聘珍樓(へいちんろう)」の閉店にはびっくりしましたね!
口コミでもたくさんの惜しまれる声がありました。
なぜ閉店したのか、理由はいくつかありますが…
そこには意外なライバルの存在があったようです。
また、大きなお店だった跡地はどうなっているのか気になります。
何ができるのかも決まっているのでしょうか?
話題となった聘珍樓の閉店について、徹底調査してみました!
聘珍樓はなぜ閉店したのか
聘珍樓が閉店してしまった理由は、やはり経営状況の悪化にあるようです。
横浜中華街の「聘珍樓」本店運営社が破産手続き-帝国データ (2日) – Bloomberg
2022年6月3日 8:51 JST
.@daitojimari https://t.co/asdPnioG8s— Manami Ichi (@Manaming1) June 3, 2022
経営悪化の理由はいくつかあります。
- 団体客での利用が減った
- 接待での利用が減った
- 感染症拡大によって利用が減った
一つずつお伝えしていきますね!
①団体客での利用が減った
旅行者などの団体客が少なくなったのが理由の一つです。
パンダブームで中国が注目された時は特に多かったそうですよ!
中華料理を食べたい旅行客が日本中から押し寄せたのですね。
実は横浜中華街の中華料理店の名前は中国語読みだったそうです。
同じ漢字でも、日本人には難しいところがありますよね。
初めて日本語読みの店名で出したのが聘珍樓です。
日本人向けに出したお店ということですね。
しかし、団体旅行だけではなく旅行の機会が少なくなってしまいました。
②接待での利用が減った
2020年以降は特に、ビジネスの場でも直接会うことを避けられてしまいました。
もちろん接待も例外ではありませんよね。
企業の接待には美味しいと評判のお店を選びたいですよね。
また、有名なお店に連れていってもらえると、接待されている方も嬉しくなります。
聘珍樓も接待のために使われることが多かったようです。
しかし、その接待自体がなくなってしまう事態が起きました。
それは感染症拡大の影響です。
2022年時点でも、交際費が落ちつづけているという結果がでています。
これから盛り返してくれればよかったのですが…
③感染症拡大によって利用が減った
旅行や接待だけではなく、外出自体が減ってしまったのが世界的な感染症の拡大です。
2023年にはマスクの解禁や海外旅行者の受け入れも始まっています。
私たち個人の外食も、全くしないという時期は過ぎましたが…
以前のように元通りというわけにはいきませんでした。
完全に感染症がなくなることはないと思います。
しかし、気になってしまう気持ちもありますよね。
これも接待と同じで、一度辞めてしまったものを元に戻すのは難しいのかもしれません。
聘珍樓はガチ中華じゃないから閉店した?

日本人向けとして創業した聘珍樓とは逆のものが注目され始めました。
中華料理で人気が出てきているものの中に『ガチ中華』というものがあります。
中華料理の中でも、現地の方の味付けに近くしているもの
または、現地の味を再現しているもの
ガチ中華が増えた理由は、日本に住む中国人が増えたことです。
その方々に向けて、日本人向けの味ではない料理を出すお店が増えました。
ここで驚きなのは、日本人も現地の味が好きになっていったことです。
味覚が変わっていったということですね。
現地の味に近いものの代表で『麻辣(マーラー)味』があります。
確かに、麻辣味のお菓子や食べ物をよく見るようになりました。
聘珍樓の跡地は何になるの?
跡地については、2023年12月現在ではまだ何も情報がありませんでした。
正式な発表も出ていないみたいですね。
聘珍樓の建物だけはまだ残っているそうです。
聘珍樓本店だった建物…借り手もつかないままみたい。
切ない。 pic.twitter.com/FWg45cxkoY— black_marron冬眠中 (@black_marron) December 14, 2023
看板のない建物に寂しい気持ちになっちゃいます。
一度でもいったことのある方は尚更ですよね。
もともと、聘珍樓は移転のためにお店を休んでいたそうです。
しかし移転は叶わず、そのまま閉店という悲しい結果になってしまいました。
一部のファンの間では「また場所を変えて復活してくれるのではないか」という期待の声も上がっています。
聘珍樓とは
最後に聘珍樓について詳しくお伝えしますね。
聘珍樓は1884年(明治14年)に創業した中華料理店です。
100年以上続いている老舗なんですね!
横浜中華街のメインストリートに本店を開店しました。
正統派の広東料理の専門店で、中華料理のお店ですね。
横浜中華街以外にも、全国5店舗を展開していました。
1986年には改築して7階建ての大型店舗になりました。
その時代には、企業の接待や団体観光客が多かったのですね。
総料理長にもテレビに出るほど有名な方が務めたこともあります。
それもあって、知名度がグンと上がりました。
まとめ
- 聘珍樓が閉店したのは経営悪化が原因
- 団体客や接待での利用が減った
- 感染症の拡大による影響
- ガチ中華が人気なったことも要因の一つ
- 跡地に何ができるのかは不明
- 2023年時点ではビルのみが残っている
横浜中華街といえば聘珍樓というくらいの有名なお店でしたが…
100年以上も続く老舗が閉店してしまうのは、びっくりですね。
なぜ閉店したのか、理由を調べるほど時代の流れが大きいのだと感じました。
それだけお店の経営も難しくなってきているということでしょうか。
跡地が何になってしまったとしても、私たちの思い出には残っていますよね。